丸浜川はどうやってできたのか 10月 12, 2026 2019年5月撮影 丸浜川は、雨水排水路として位置づけられています。川の始まりは行徳近郊緑地、通称「欠真間三角(かけままさんかく)」と呼ばれている池で、野鳥観察舎の前、塩浜橋の下を通り、猫実排水機場で猫実川とつながっています。 管轄は、千葉県と市川市です。 〇千葉県葛...
市川市内で、台風やゲリラ豪雨で道路冠水が起こりやすい場所(「市川市が浸水常襲箇所での対策を発表」2026年10月12日更新) 10月 12, 2026 2026(令和8)年10月8日に、市川市が2つの浸水常襲箇所と大柏川沿岸でどのような対策を行うのかを発表しました。 2つの浸水常襲箇所 ○ショップス市川前の産業道路 ○大町動植物園入口(市道0238号) 大柏川沿岸 ○南大野地区(ガナーズ通り〈市道0127号〉、大柏川沿岸) ○...
「おひとりさま」が多数派になることで地域社会はどう変わるのか ~千葉県市川市では単身世帯の割合が年々増えている 10月 09, 2026 総世帯数に占める1人世帯・2人世帯・3人世帯・4人世帯・5人以上の世帯の割合(縦軸は%)データ出典: 国勢調査結果(市川市) 千葉県市川市がまとめている令和7年国勢調査の「人口等基本集計結果」で、単身世帯( 1人世帯、一人暮らし) が総世帯に占める割合は、年々増えていること...
市川市のガイドブックには決して載っていない話 ~明治に囚人によって作られた松戸街道(2025年11月27日初出、2026年10月8日更新) 10月 07, 2026 町の変化は、昔よりも今のほうが急速に進みます。その理由の一つが、建築技術の進歩。 トラックもクレーンもなかった昭和初期までの工事は、人間と馬が主役でした。道路や橋などの建築は、命の危険が伴い、お金も時間もかかる一大事業だったのです。 今、私たちが何気なく歩いている道は、その...
市川市中国分4丁目近辺、山が一つなくなっちゃった問題 ファイナル ~やっぱり、それは“もともとなかった” 10月 07, 2026 今から160年ほど前の話です。 明治政府は外国からの脅威に備えるため、東京湾、津軽、対馬、壱岐、鎮海湾などに要塞(軍隊が駐屯する防備施設)を建設しました。 帝都東京と、海軍の重要拠点である横須賀軍港を守る目的で作られたのが、東京湾要塞です。1880(明治13)年に工事が始ま...
【2026(令和8)年9月21日台風25号】「市川市は○○○」とひとくくりにして語ることはできない(2026年9月27日初出、2026年10月3日更新) 10月 02, 2026 2026(令和8)年9月21日、台風25号の接近に伴って千葉県や神奈川県などで大雨が降りました。 千葉県市川市については道路冠水は令和8年8月千葉豪雨のほうが被害範囲が広かったのですが、千葉県全体では台風25号による土砂災害などで影響が長く続き、一連の被害について国は激甚災害...