市川市をこよなく愛した、腸内細菌の世界的研究者の光岡知足博士と国府台の森(2025年11月26日初出、2026年7月5日更新)
「私はね、市川で死にたいと思ったいるんですよ。もう、その準備は終えています」
JR市川駅中央口のすぐ近くにある喫茶店のコーヒーレストで、光岡知足(みつおか・ともたり)博士はゆっくりと、穏やかに語っていました。2014年の冬のことです。
腸内細菌研究の第一人者で東京大学名誉教授、理化学研究所名誉研究員だった光岡博士に私は雑誌の特集で取材を申し込み、その取材の場所として指定されたのがコーヒーレストでした。光岡博士も、編集者の私も、ライターも、3人とも千葉県市川市在住で、市川市で取材という非常に珍しいシチュエーションでした。
だから冒頭のことを光岡博士は口にしたのでしょう。市川で育った光岡博士は、市川をこよなく愛していました。
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| メチニコフ賞受賞時の光岡知足博士(出典:腸内細菌学会) |
光岡博士は、腸内細菌を人間社会にたとえて、「善玉菌」「悪玉菌」「日和見菌」という言葉を作ったことで知られています。光岡博士を「知足」と名づけたのは、俳人の父だったとのこと。光岡博士の言葉のセンスは父譲りなのかもしれません。
また10代の頃にバイオリン演奏を学び、「市川交響楽団ではコンマスを務めたこともあったんですよ」と、とても楽しそうに話していました(コンマスとは「コンサートマスター」の略で、オーケストラのまとめ役)。
研究の道に進んだきっかけは、進路に思い悩みながら国府台の森をさまよい歩いているときに、突然、次の言葉が降りてきたからだと話していました。
人はそれぞれ容姿も性格も能力も,また,生まれた環境や時代も違い,多くはすでに生まれながらにして神から授かったもので,それぞれの運命を素直に受け入れ,授かった不平等・不公平に耐え,自分の個性を生かし,他人の個性も尊重して,将来に夢を抱きながら真っ直ぐに生きていくことこそ人生だ
私たちの取材の際にも、この体験について光岡博士は「啓示」と表現し、人生の方向性を決めた出来事だったと語っていました。
また、バイオリンを演奏し、音楽を愛してきたことも、研究におけるひらめきにつながったのだそうです。
そして20年ほどかけて、腸内細菌の培養法や同定法を確立して、1970年代に腸内細菌学の樹立します。
理化学研究所での光岡博士の研究グループは“光岡学校”と呼ばれたそうで、国府台での啓示が大きく影響していることがわかります。
西独ベルリン自由大学から帰国した光岡知足のもとに、大学や企業から多くの研究者が集まってきた。いわゆる“光岡学校”だ。ここで文字通り産官学の共同研究が開始された。このときの研究室のルールは、理研の所員も研究生も、不正な行為、狡猾な行動、強圧的な態度は禁止し、研究生は理研の職員と差別することなく平等に処遇し、互いに助け合いながら、自由に振る舞ってもよいことであった。
その業績が評価されて、世界最高峰の国際賞であるメチニコフ賞などを受賞した光岡博士は、2020(令和2)年12月に90歳で永眠しました。
一般財団法人糧食研究会のサイトでは、光岡博士の研究歴(概要)が掲載されています。
・1953-1958年 大学院時代:腸内フローラ研究の基礎固め文献検索で修士論文と腸内フローラの総説3篇を執筆BL寒天培地を開発し、ヒト腸内フローラの特性を発見Lactobacillusの分類学的研究とL.acidophilusとL.caseiの混同を指摘ビフィズス菌をLactobacillusより独立させBifidobacteriumとすることを提案ニワトリの腸内に嫌気性菌が最優勢フローラを構成・1958-1964年 理研入所ルーメンフローラの培養のためHungateの嫌気性ロールチューブ法を導入ニワトリの腸内フローラの日齢に伴う推移をZbl.Bakteriol.に発表・1964-1966年 ベルリン留学ベルリン自由大学獣医学部食品衛生学研究室へ留学-ドイツ的研究精神の習得ヨーグルトの効用を体験・1966-1970年 光岡学校(産学共同研究)開校多菌株接種装置の開発腸内フローラの培養・検索法(光岡法)の開発ヒトと各種動物の腸内フローラの構成Lactobacillus, Bifidobacteriumの分類と生態無菌飼育装置の導入と乳酸菌の腸内定着性“腸内フローラと健康”(1969)の仮説の提唱・1971-1980年 腸内細菌の生態学的法則の発見と発酵乳の保健効果ヒトの腸内フローラ安定性・個人差・年齢差乳児のBifidobacterium菌種・菌型の伝播・定着様式ブルガリア百歳長寿者の調査新学問分野“腸内細菌学”を開拓し、“腸内細菌の話”(1978)(岩波新書)を上梓カラーアトラス“腸内菌の世界”(1980)を上梓日本農学賞受賞(1976)「腸内菌叢の分類と生態に関する研究」・1981-1990年癌・難病・遺伝病・老人病患者の腸内フローラ発酵乳の効用とその評価法を確立日本学士院賞受賞(1988)「腸内菌叢の系統的研究」・1991-2007年オリゴ糖の開発と効用機能性食品としての“バイオジェニックス”の提唱「健康長寿のための食生活-腸内細菌と機能性食品」(2002)を上梓メチニコフ賞受賞(2007)「新学問分野-腸内細菌学-の開拓と機能性食品の開発」

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