初詣・神前結婚式・七五三参りは明治以降に「創りだされた伝統」 その4 キリスト教的な結婚式を神道に取り入れる試みが神前結婚式

 神前結婚式が最初に行われたのは、1900(明治33)年でした。皇太子の嘉仁親王(後の大正天皇)と九条節子さん(後の貞明皇后)との結婚式です。

嘉仁親王(Wikipedia宮内省 - 毎日新聞社「天皇四代の肖像」 より)

九条節子さんWikipedia宮内省 - 毎日新聞社「天皇四代の肖像」 より)



 歴史上初めてとなる神前挙式の場所は日比谷大神宮(現在は東京大神宮)で、結婚式の様子は新聞で大きく取り上げられたとのこと。翌年の1901年には、一般人向けの神前結婚式が日比谷大神宮で創案されて、開催されたそうです。


クラナリ


 筑波大学名誉教授の千本秀樹博士によると、1869(明治2)年に行われた明治天皇の結婚式は仏式で、それ以前は人前式だったとのこと。

 明治になり、キリスト教的な結婚式を日本の神道に取り入れる試みが行われ、神前結婚式が誕生したようです。興味深いのは、以下の記述。

○クリスマスの広がりも大正天皇のおかげ
 大正天皇は47歳で崩御されたが、一生側室をおかず貞明皇后との間に4人の皇子を持たれた。後の昭和天皇、秩父宮殿下、高松宮殿下、三笠宮殿下である。生来の体調不良が悪化し、崩御となったのは大正15(1926)年12月25日で、この日は「大正天皇祭」として昭和22(1947)年まで祝祭日として制定されていた。12月25日が休日であったことから、クリスマスというイベントが日本に広く定着したとも言われている。

 神前結婚式のベースはキリスト教の結婚式で、今の「皇室ブーム」のような流れで大正期に広まっていったといえます。

 もう一つは、冠婚葬祭の商業化。

 1970年代の田舎では、近所の人が亡くなると、主婦たちが割烹着と包丁を持ってそのお宅へ行き、精進料理などを作っていました。葬式は故人の家で行われるもので、それを近所の人たちが手伝うのが当たり前の時代もあったのです。

 結婚式(祝言)についても、当人の家で行われていました。つまりは、人前式です。

photo/GAHAG

 葬式も結婚式も、大勢の人が集まるし、口さがない人たちまで家に入ってくるため、とにかく大変だったのです。また、核家族化が進み、家も狭くなってきたので、どちらもプロに任せて、会場を借りて行うようになったのではないかと推測できます。

 千本博士は、以下のようにも述べていました。
「当時、武家の世界の結婚の儀式で、三々九度の盃を神前で取り交わしたのが始まりです。ただし、江戸時代までの八百万の神様と、明治維新以降の国家神道の神様の概念は違うため、武家世界の神前結婚式と、20世紀の神前結婚式は違います」(千本秀樹・筑波大学名誉教授)

 三々九度は武士が出陣前などに行った儀式で、結婚にも「スタートを切る」という側面があることから執り行われたと推測できます。

 今を生きる私たちが知っている神前結婚式は、キリスト教や武士の儀式などが混ざり合ったものだといえそうです。

■参考資料

『「伝統・文化」のたねあかし』著/千本秀樹、長谷川孝、林公一、田中恵 
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