市川「長太郎ボウル」と船橋の実業家 滝口長太郎氏(2026年6月1日初出、2026年7月18日更新)

 ミニ展示「市川駅南口アーケード街クロニクル」の開催期間中に、以下の情報が寄せられました。
「以前、ボーリング場がありましたよね? 南口アーケードの先だったでしょうか?」

出典:フリー素材ドットコム


 昭和のボウリングブームの中、市川駅南口アーケード街の周辺にボウリング場があったようです。





 市川駅の南側である市川南3-14に、船橋の実業家である滝口長太郎氏が、1968(昭和43)年に「長太郎ボウル」をオープンさせました。

市川に「長太郎ボウル」を(43年)、西船橋駅前に「長太郎飯店」を擁する「長太郎会館」を(45年)、さらに「長太郎カントリークラブ」をオープンし(54年)、積極的に可能性の幅を広げていった。


 滝口長太郎氏が経営していた株式会社長太郎は、1979(昭和54)年7月に竣工した市川セントラルハイツ(千葉県市川市市川南3丁目14-23)の事業主でした。市川セントラルハイツには、中華料理店の「長太郎飯店」が入っていたという情報も、「市川駅南口アーケード街クロニクル」開催期間中に寄せられました。

市川セントラルハイツ

現在は、美容院と小型スーパーが1階に



 宝酒造市川工場が1964(昭和39)年に閉鎖し、その跡地に市川セントラルハイツや市川パークハウスなどが現在は建っています。今昔マップを見ると、宝酒造市川工場跡地が切り売りされたことがわかります。
1977(昭和52)年発行の地図(出典:今昔マップ、一部改変)


 年表にまとめると、次のとおりです。

1951(昭和26)年 滝口長太郎氏が株式会社長太郎商店設立
1964(昭和39)年 宝酒造市川工場が閉鎖
1968(昭和43)年 長太郎ボウルがオープン
1979(昭和54)年 市川セントラルハイツ竣工
1980(昭和55)年 市川パークハウス(2棟、406戸)
1992(平成4)年 滝口長太郎氏死去
1999(平成11)年 ライオンズプラザ市川竣工
2005(平成17)年 パークホームズ市川ステーションフロント竣工
2006(平成18)年 株式会社長太郎が倒産

倒産速報
TDB企業コード:260043678 | 千葉県船橋市 | 元「長太郎飯店」経営
特別清算を申請
負債53億円

 冒頭の「以前、ボーリング場がありましたよね? 南口アーケードの先だったでしょうか?」とも照らし合わせて、下の航空写真の赤線で囲んだ、線路沿いの駐車場・ライオンズプラザ市川・パークホームズ市川ステーションフロントの辺りに、長太郎ボウルがあったのだと考えられます。

市川南3丁目周辺(出典:国土地理院地図、一部改変)



 「長太郎ボウル」については、パチンコ店に転用されたという情報もありました。
退潮の兆しが現われ始めた頃、市川の「長太郎ボウル」を手離しそこなっている。開業以来、高利益を上げつづけてきた過去の栄光を断ち切ることができず、恋々と執着して、あげくはパチンコ場に転用したりして、撤退の時期を逸したのだった。

 そのため、記事初出の時点では市川駅南口付近にあったパチンコルパンが、長太郎ボウルの跡地ではないかと推測していました。しかし、1973(昭和48)年発行の『市川風土記』(市川ジャーナル編集部)に、長太郎ボウルの住所が市川南3-14とあったことから、住所と過去の地図をもとに再検証を行いました。
赤い囲みが市川南3-14(出典:Yahoo!地図、一部改変)




 最後になりましたが、ミニ展示「市川駅南口アーケード街クロニクル」で写真2点を提供してくださった染宮稔侊氏、そして情報を寄せてくださった皆さん、ありがとうございました。
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