「市川市河原番外地」が生まれた背景に、「ちょこっとまたいだ」江戸川放水路掘削の歴史あり (2021年5月20日初出、2025年6月18日再構成)
県境がない「市川市河原番外地」。
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| 地理院地図を一部改変 |
この河原番外地が誕生した謎を解き明かしたのが、デイリーポータルZの記事でした。なんと、国土交通省江戸川河川事務所・江戸川河口出張所の所長にインタビューをしているのです。
詳細は記事をぜひとも読んでいただきたいのですが(文章もおもしろい!)、かいつまんで説明しましょう。
1919年(大正8年)に竣工した江戸川放水路によって新たに生まれた陸地が「ちょこっとまたいだ」ために、河原番外地が誕生してしまったようです。
当時の工事は人力。
鍬(くわ)・鋤(すき)・モッコを使って、土砂を削り、運び出していたわけです。
下の写真は、昭和7年(1932年)に愛知県新城市富岡で行われた宇利川改修の様子です。
クレーンもないし、ダンプカーもない。ですから、非常に危険で、大変な工事だったのです。
●土木工事 今昔
https://ichimiraiarchive.blogspot.com/2019/04/blog-post_3.html
それに「洪水をどうにかしなくちゃ!」と江戸川放水路を作ったので、東京都と千葉県の境界など大したことではなかったのでしょう。
江戸川放水路を作る前は、江戸川の中央が県境だったとのこと。しかし、江戸川放水路を作ったことで、この県境をまたぐ形で陸地ができちゃったんですね。後から境界でモメることがわかっていたら、江戸川の中央をまたがない形にしたはずです。
江戸川放水路ができていく様子を、今昔マップを使って確かめました。
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| 工事前の江戸川(今は「旧江戸川」) |
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| 海のほうから掘削が始まった模様 |
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| 江戸川放水路が江戸川につながる前に、過去にあった道路が消えて、行徳橋が架けられていたんですね |
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| 今度は江戸川のほうから掘り進められてきて……うん? 江戸川(旧江戸川)が細くなった印象 |
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| 1965~1968年の地図だと、県境がはっきりと河原番外地の上に描かれていますね |
「番外地」というと、高倉健主演の映画「網走番外地」が、昭和生まれの頭に浮かびがちです(多分)。
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| 映画「網走番外地」 |
ただ、江戸川については「番外地」といっても鉄条網が張り巡らされているわけでもなく、野球グランドもあって、いたって平和な様子なのでありました。
000643810.pdf - 関東地方整備局 - 国土交通省
https://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000643810.pdf










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