江戸川の公害の歴史とカキ殻問題(2025年6月19日再構成)


旧江戸川と江戸川(放水路)の分岐点(右が旧江戸川、左が江戸川放水路)

 「江戸川の河川敷で、カキの殻が大量に捨てられ、美観が損なわれているだけでなく、子どもが転んでカキ殻でケガをするという事例もあった」などと報道されてきた「市川市 カキ殻問題」。
 2023(令和5)年10月1日から、「江戸川放水路において、かきその他の貝の身を取り出した殻を捨てる行為」が禁止され、この行為を行った場合には5000円の過料が科せられます(市川市江戸川放水路におけるかき殻等の投棄の禁止に関する条例)。

 どうして「市川市 カキ殻問題」が発生したのか、今回は水産業の歴史とともに、検討しました。


 時代は、江戸時代前期にさかのぼります。
 初代将軍の徳川家康は「塩は軍用第一の品、領内一番の宝である」と考え、行徳を幕府直属の天領として、塩業を保護しました。
 逆を言えば、監視。目の前にはせっかく海があるのに、塩業しかできない状況になったわけです。
1893年の高谷での塩作りの様子(千葉県防災対策課資料より)


 1909(明治42)年頃には、市川市の漁民は船橋と浦安から漁場を借りて、海苔の養殖業を始めたそうです。目の前にある海にもかかわらず、“借りもの”というわけです。当時の漁師は、かなり肩身が狭い思いをしたのではないでしょうか。

 1915(大正4)年に、江戸川放水路が開削が始まります。

 行徳地域の塩業は、1917(大正6)年の台風被害によって大打撃を受けました。
 翌年の1919(大正8)年に、江戸川放水路が竣工。塩業で使用する燃料は鎌ヶ谷市から運ばれていましたが、江戸川放水路が陸路が断たれたこともあり、行徳地域の塩業は終わりを迎えました。

 1948(昭和23)年に設置された建設省(2001〈平成13〉年に国土交通省に再編)が、河川を管理することになります。1964(昭和39)年に新河川法が制定され、江戸川は水系番号28番の利根川水系の一級河川として、国土交通省が管理することになりました。
 
 1950(昭和25)年に新漁業法が施行。市川市もようやく漁業権が獲得できました。

 ただ、高度成長期の公害問題が、江戸川と東京湾で発生したのです。

 1958(昭和33)年に、東京都江戸川区の製紙工場から、黒い排水が江戸川に放流されたました(「本州製紙事件」、「黒い水事件」)。江戸川の下流域は、大きな漁業被害を受けます。
 その影響で、浦安の漁業従事者はは1962(昭和37)年に漁業権の一部を、1971(昭和46)年にはすべてを放棄。その後、東京湾の埋め立てが進みました。

 また、下水道が整備が進んでいなかったため、生活排水が川に大量に流れ込んでいる時代でした。江戸川も汚染されて腐臭がしたと、国土交通省のサイトで報告されています。それを受けて、市川市は1961(昭和36)年に下水道事業を着手したようです。

 「江戸川は汚い」というイメージが高度成長期に生まれてしまい、地元住民は川から遠ざかっていたのではないでしょうか。

 しかし、下水道の整備が進み、江戸川の水質は向上しています。
 4~5年前には、江戸川放水路の河川敷で、トビハゼ(環境省のレッドリストで準絶滅危惧種に指定)を見つけて驚きました。
 海水と川の水が混じる汽水域に、上流から流れてきた肥沃な砂が干潟を作り、豊かな生態系を作っているのでしょう。

 ただ、江戸川放水路は、水害を防ぐという目的で、人工的に作られた水路です。
 江戸川放水路の上流にある行徳可動堰は、洪水の危険があるときにはゲートを開放します。その際に、江戸川放水路の干潟や下流の魚たちが流されてしまうなど、漁業に悪影響を及ぼすリスクも考えられます。
行徳可動堰

 現在は江戸川放水路の漁業権が設定されているのは河口付近で、「のり養殖業」となっていました。そのため、カキを取る行為自体は規制できません。そして、カキの殻を捨てる行為は禁止されましたが、誰が注意するのかという問題があります。
海しるより




 また、河川敷というのは、もともと不法投棄が多い場所なのです。これは外国の人だけに限りません。
 
新行徳橋付近

 「割れ窓理論」は、1枚の割られた窓ガラスをそのままにしていると、さらに割られる窓ガラスが増え、いずれ街全体が荒廃してしまうというもので、アメリカの犯罪学者ジョージ・ケリング博士が提唱しました。ゴミについても同様に、ゴミが捨てられていると、「ここはゴミを捨てていい場所なのだろう」とゴミが増えていく傾向が指摘されています。

 そう考えると、かつてのように江戸川に親しみ、美しくするのは、市川市民共通の課題なのかもしれません。

※事実誤認があれば、指摘してください

■参考資料
東京湾沿岸部の大規模開発に伴う生活変化

市川市の水産業

市川のノリづくり

江戸川放水路の水面利用と河川敷利用ルール

江戸川・坂川をもっときれいに!よごれていた江戸川・坂川

河川敷にカキ殻100トン 中国人投棄、転倒でけがも 地元住民ら回収作業 市川の江戸川放水路

市川市下水道中期ビジョン 計画期間平成20年度~平成37年度

市川市は「中国人カキ殻100t投棄」を解決できるか
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