【市川駅南口アーケード街クロニクル】これまでに寄せられた・見つけた情報のまとめ(2023年3月15日初出、2026年3月18日更新)
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| 年表ポスター(旧版) |
現在、SNSを利用して、再開発前後のJR市川駅南口地区の資料・情報を募っています。
以下は、現時点で寄せられた・見つけた情報のまとめです。
■市川駅南口
○南口はなく、北口から跨線橋が架けられていた(市川市 質問回答)
国鉄市川駅は、1960年代まで北側に駅舎があり
総武線下り線、上り線、貨物線が引き込まれていたため
南口へ出るために、跨線橋が架けられておりました。
古い写真(市川市文学ミュージアム所蔵)からの判断ですが
おそらく南口の改札ができたのは、1958年(昭和33年)
ではないかと思います。
※資料「市川の都市計画」では1959(昭和34)年
○人力車を引くおじいさんが待機していた(大洲子ども会関係者 情報提供)
昔は市川駅に南口がなかったからね。宝酒造や北越製紙の引き込み線があったのよ。
市川駅に南口ができたときは、木でできた改札口に駅員さんが座っていてね。そうそう、人力車のおじいさんが1人いたのよ。1台だけだったけどね。
○「カラフルなコスチュームで着飾った若い娘の集団が出現する」(『市川まちかど博物館』120ページ いちかわ・まち研究会 株式会社エピック 1997年)
JR市川駅の南口広場。駅前ビルの地下にあるライブハウスでコンサートのある日、広場や商店街のあちこちでカラフルなコスチュームで着飾った若い娘の集団が出現する光景を見受ける事がある。
○「駅前とは思えないほどの寂れ方」(『日本の特別地域 特別編集28 これでいいのか 千葉県 葛南』マイクロマガジン社 2011年発行)
市川駅南口には鉄筋不足で話題となった高層タワーマンションが2008年と2009年に完成したが、それまでは駅前とは思えないほどの寂れ方で、小さなアーケードや飲食店、パチンコ屋があるだけだった。
○「市川駅前再開発で人がいなくなった」(サエキけんぞう氏 X投稿)
場内エキサイト!市川駅前再開発で人がいなくなったといっても受けた!
■市川駅南口アーケード街
○自転車が通行できた(大洲子ども会関係者 情報提供)
アーケード街の話? そうね、にぎわっていたわよ。自転車でお豆腐を買いに行っていて、店先で手渡ししてもらったわね。入り口にあった100円ショップも、たしか商店街が誘致したんじゃないかしら……。
○入り口の100均はCan☆Do(キャンドゥ)(Megring 氏 情報提供)
※当時の市川駅近辺で、100均は珍しかった(不思議乃亜梨子氏 情報提供)
※アーケード街の商店会が100均をわざわざ誘致した(大洲子ども会関係者 情報提供)
○「南口アーケードの人通りは少なくなっていきました」(『いちかわの人』125ページ)
国鉄が民営化されるとシャポーに活気が出ます。それとは反対に南口アーケードの人通りは少なくなっていきました。
■市川駅南口にかつてあった店舗・事業所(再開発とも関係すると思われる)
○浅草染太郎(T・Y氏 情報提供)
本店は、浅草にある「風流お好み焼き 染太郎」。
※さざなみ乗ってる@🌱🌸🌼🌈•*¨*本八幡さんぽ さんがXで写真をアップ
○博士ラーメン(T・Y氏 情報提供)
市川市内では大町店も閉店している。「鎌ヶ谷といえば博士ラーメン」という声も。
○東洋タクシー有限会社(T・Y氏 情報提供)
無線配車センターが塩浜にある模様。
■市川駅南口にかつてあった店舗・事業所(再開発とは関係しないと思われる)
○洋食ヨシカミ(T・Y氏 情報提供)
浅草にある「洋食ヨシカミ 浅草店」がメディアでよく取り上げられている。「うますぎて申訳けないス!」のコピーで有名。
※みんと@本八幡でてくてく さんがXで写真をアップ
■メトロプラザ
○最上階 サウナ(犬神和尚氏情報提供)
○1階 三洲苑
デザートに、サービスでスイカが提供されたことも。
I-linkタウンいちかわザタワーズイースト1階に移転後、2025年に閉店。
○1階 もつやき藤
ノンアルコールビールに焼酎を入れた斬新なドリンクが提供されていた。
I-linkタウンいちかわザタワーズウェスト1階に「いちかわ藤」という店名で移転後、閉店。
○1階 デイリーヤマザキ
○地階 ライブハウス市川CLUB GIO

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