団地と高齢化 大町小学校区の場合
「団地」という言葉、そしてビジュアルからは、昭和の香りがプンプンするものです。
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| 大町第二団地(出典:市川市) |
団地とは計画的・集団的に建物や道路を整備しているエリアです。この言葉が日本で初めて公的に登場したのは、1919(大正8)年制定の旧都市計画法第16条で、「一団地住宅経営」という記述があるのだそうです。
団地には、主に次の3つがあります。
○住宅団地
計画的に整備された、同じエリア内の複数の住宅です。
○工業団地
工場や倉庫を計画的に集約したエリアです。
○流通団地(流通業務団地)
都市中心部の卸売市場、倉庫、トラックターミナルを郊外へ集約し、交通円滑化と物流近代化を目指す施設群で、市川流通団地協同組合組合が高谷にあります。
一般的に、「団地」というと住宅団地を指しています。市川市内にも中山団地や姫宮団地など、いくつかの団地があります。
団地の問題として、国土交通省などで指摘されてきたのが住民の高齢化です。
今回は、地域の高齢化と密接に関係していると考えられる大町小学校区の団地について調べてみました。
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| 出典:市川市防災カルテ23 大町小学校区 |
市川市立小学校の児童数は、最多と最少で10倍の開きがあった(出典:令和7年度 市川市立小学校 児童数・学級数一覧表) で紹介したとおり、市川市立大町小学校の児童数は84と、市川市内で最も少なくなっています。
しかも、大町小学校区は、2020年国勢調査で高齢化率が高く、人口も多いとわかりました。
市川市の資料によれば、65歳以上の年齢の割合が、42.4%です。
大町小学校区を通る国道464号線を車で通ったときの印象は、「農家が多い」というものでした。
航空写真で見ても森や公園、農地が多いのですが、北総線の松飛台駅の南東に「市営住宅大町第二団地」があるとわかりました。
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| 出典:Googleマップ |
市川市の資料「市営住宅概要一覧 【令和 7 年 4 月 1 日 現在 】」では、大町第二団地には1969(昭和44)~1973(昭和48)年に管理開始の1~6号棟、そして平成6年に管理開始の7号棟、平成8年に管理開始の8号棟があります。総戸数は393戸です。
また、1991(平成3)~1993(平成5)に管理開始の大町第一団地、1973(昭和48)~1975(昭和50)年に管理開始の大町第三団地もあります。大町第一団地については、第二団地よりも先に竣工したと考えるのが自然です(管理開始とは別に)。
北総線の松飛台駅の開業は、1991(平成3)年3月31日でした。それまでは交通の便がいいとはいえないエリアに、どうして市川市は団地を建設したのでしょうか。
あくまでも推測ですが、隣の松戸市の松飛台工業団地が関係していると考えられます。
鉄道聯隊演習線(現在は京成電鉄松戸線)の元山駅の南西(下の地図の赤い囲み)には、1940(昭和15)年に松戸飛行場中央航空機乗員養成所ができました。
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| 左は1947(昭和22)年発行の地図で青ピンは大町第二団地(出典:今昔マップ、一部改変) |
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| 左は1967(昭和42)年発行の地図(出典:今昔マップ) |
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| 左は1978(昭和53)年発行の地図(出典:今昔マップ) |
そんな松飛台工業団地ができた頃、大町第二団地のあるエリアは針葉樹林でした。少し南側に集落があり、周囲が梨畑であることから梨農家だったのではないかと思われます。
松飛台工業団地が発達するにつれて、周辺の農地や針葉樹林が計画的に宅地へと整備されていったことが、碁盤目のような直線道路からわかります。
その一環で、市川市でも団地(住宅団地)を造成しようという流れになったのでしょう。
大町第一・第二・第三団地の周辺にはあまり住宅はなく、小学生も少なかったのでしょう。このエリアの子どもたちは大柏小学校に通っていました。ちなみに、現在の大町小学校から大柏小学校まで、徒歩約43分です。幼い子どもたちは歩くのが遅いし、交通の便もなかったでしょうから、往復約2時間かけて通学していたと考えられます。
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| 大町小学校から大柏小学校まで徒歩約43分(出典:Googleマップ) |
大町小学校のサイトには、以下の記述があります。
昭和42年ごろ 市営住宅の建設にともない、大柏小学校の児童数急増昭和48年4月1日 大柏小学校より分離独立(児童数422名、学級数12)校舎は1年間、大柏小学校の一部を借用初代校長岡田英純就任昭和49年3月30日 新校舎に移転
1973(昭和48)年の時点で大町小学校の児童数は422で、現在の5倍ほどだったことがわかります。
大町小学校校区で児童数が減っていることから、大町第一・第二・第三団地では、前述のように住民の高齢化が進んでいる可能性があります。
高齢化率が高い別の要素として、特別養護老人ホームの「太陽と緑の家」(定員90名)、「やわらぎの郷」(定員68名)があることも考えられるでしょう。
■主な参考資料
市営住宅位置図
市営住宅について
八柱霊園やはしられいえん
※八柱霊園は千葉県松戸市にあるのに、東京都の霊園とのこと
松飛台(飛行場跡)
S字カーブがつなぐ新京成線と鉄道連隊演習線
千葉県におけるわが国唯一の鉄道聯隊演習線
大柏小学校
16年 4月 1日 大柏国民学校と改称22年 4月 1日 大柏村立大柏小学校と改称24年11月 3日 市川市立大柏小学校と改称
日本大百科全書(ニッポニカ)
団地 だんち個人または法人が所有する土地に建築物、施設、道路などを計画的、集団的に整備し、これを分譲あるいは賃貸して経営する一団の区域。住宅団地、工業団地、流通団地などがある。団地開発を行う利点は、建築物の目的に応じて本来必要とされる施設や道路を最適な状態に整備し、それぞれの機能を発揮できる計画性であり、ある程度共通の目的をもつ建築物を集め、共通部分を協同化することにより業務の能率を高められる集約性である。単に団地という場合は、集団住宅地の略称であることが多い。団地ということばがわが国で公式に登場したのは、1919年(大正8)旧都市計画法第16条の「一団地住宅経営」という記述が最初である。団地という概念が広く国民のなかに定着するようになったのは、第二次世界大戦後の住宅不足を緩和する目的で、1955年(昭和30)に設立された日本住宅公団(1981年より住宅・都市整備公団、1999年より都市基盤整備公団、2004年より都市再生機構)が、一団の土地を取得して、耐火構造の中層集合住宅と共同施設とが一体となった住宅地開発を、各地に推進するようになってからである。ニュータウンも、このような住宅と生活環境を一体化した方法で計画された。[小川正光]








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