「イスがあるのに立ち食いそば」問題
先日、 JR市川駅直結のI-linkタウンイースト2階にある鈴家に行きました。カウンター席だけのそば・うどん屋です。
このお店をSNSで紹介しようと思い、基本情報をネットで確認したところ、「立ち食いそば」というジャンルに入っていたのです。
イスがあって、お客さんはみんな座って食べているのに、どうして立ち食いそばに分類されているのでしょうか?
この「イスがあるのに立ち食いそば」問題について調べたところ、江戸時代にまでさかのぼることになってしまったのです。
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太田記念美術館 ツイートより |
食べ物を路上で売る「物売り」はかなり古い時代からあったようですが、これが発展したのは江戸時代中期のようです。江戸時代より前は戦が多すぎて、それどころではなかったのでしょうね。長期にわたって政権が安定し、町人文化が発展したこの時代に、屋台もできてきたと考えられます。
当時の屋台には、次の2つのタイプがありました。1 担ぎ屋台
鍋やザル、はし、丼など、調理器具をコンパクトに収納した屋台を、肩に担いで移動しながら商売を行うタイプで「夜蕎麦売り」などと呼ばれた
2 立ち売り
仮設の店舗を建てて、商売を行うタイプ
屋台で人気の食べ物の一つがそば。浮世絵にも、担ぎ屋台のそば屋が多数描かれていますが、非常にコンパクト。そばをゆでるための大量のお湯(水)は、とても運べそうにもありません。
つまり、ゆでたそばを持ち歩いていたということになります。
江戸時代の『蕎麦全書』などには、そばをゆでて、洗って、ふたをして冷めないように保存すると書かれているそうです。
ということは、当時の人々はかなりクタクタのそばを食べていたということです。
江戸っ子は気が短いというイメージがありますが、そばがゆで上がるまで待たせるようでは、お店は繁盛しなかったかもしれません。注文すればすぐに食べられる手軽さと安さが、屋台のそばの魅力だったのでしょう。
この「ゆでた麺を常備する」というスタイルが、後の立ち食いそばにも引き継がれたに違いありません。現在も、立ち食いそばの主流は「ゆで麺」のようで、すでにゆで上げられた麺を、お客さんから注文を受けた後、さっと湯通しし、つゆをかけて提供されます。
鈴屋はゆで麺なので、食券を出して2~3分でそばが提供されました。写真はかけそば280円+ゲソ天300円。つゆは薄味で、だしがしっかり。そばは自分には軟らか過ぎでしたが、これこそが江戸っ子が食べてきた麺の硬さに違いありません。
最近は、「生麺」や「冷凍麺」を使っているお店も出てきているようです。あくまでもネット情報ですが、I-linkタウンイースト2階にあるせね家は生麺なので、待ち時間が数分長いとのこと。
このせね家も、イスがあるにもかかわらず、立ち食いそばにカテゴライズされています。
『ちょっとそばでも-大衆そば・立ち食いそばの系譜』(著/坂崎 仁紀)には、「ゆとりをもって食べてもらうことで、他店との差別化を図る店も増えてきたのだと推測する」と書かれています。
あるいは、イスのある・なしは関係なく、単純に客である私たちのほうが「カウンターのみで、安いそばをさっと提供してくれるのが、立ち食いそば屋」「比較的価格が高く、注文して10分以上待たされる可能性があるのは、そば屋」といった認識で、ネットの口コミなどを書き込んでいるだけかもしれません。従来の立ち食いそば屋のイメージに合っていれば、イスがあっても「立ち食い」。大人数で長居するのは雰囲気にそぐわないのです。
まとめると、江戸時代に生まれた屋台のそば屋が、後に駅の近くでお店を構えるようになったものの、立ったまま食べるスタイルを踏襲。それを「立ち食いそば」と呼ぶようになり、カウンターだけのお店で安さと早さが売りならばイスがあっても「立ち食いそば」ということになりますが、いかがでしょうか。
なお、「立ち食いそば」と誰が呼び始めたのかは、不明のようです。
■参考資料江戸時代のそば道具
https://www.higeta.co.jp/kodawari/museum/sobadougu.html
https://otakinen-museum.note.jp/n/n428f41694305
『江戸グルメ誕生』著/山田順子 講談社
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