本八幡駅が開業した頃の風景を想像してみよう   JR本八幡駅北口周辺の歴史年表を作りたい(2024年7月30日初出、2025年7月7日再構成)

 
昭和10年3月16日に完成した市役所旧庁舎(広報いちかわ1月1日号より)

 本八幡駅は1935(昭和10)年9月1日に開業しました。前年の市川市誕生、そして当時の八幡町に市役所が置かれたことが、本八幡駅開業と大きく関係しているようです。


 1894(明治27)年に総武鉄道市川駅ができました。敷設したのは「総武鉄道」という会社です。
 しかし、鉄道国有法によって、1907年(明治40)9月に総武鉄道は買収・国有化されました。
 また、日本国有鉄道(国鉄)は1949(昭和24)年6月1日設立(1987年4月1日に民営化)です。

 ですから、本八幡駅ができた頃は「鉄道は国有化されたが、国鉄はなかった」という微妙な時期だったわけです。「国営の総武本線本八幡駅」と呼べばよいのでしょうか。



 本八幡駅が開業する前は、石炭を燃やして動力を得る蒸気機関車が走っていました。そのため、煙がかなりモクモクと出ていたはずです。鉄道敷設には反対運動もあったようです。
 鉄道敷設は、基本的には住宅街を避ける形で進められたのでしょうね。
鉄道の開通については、各地に「鉄道が病気を運ぶ」「煤煙で作物がとれなくなる」「家畜がおびえる」等と反対をしたという話が残されている
 船橋の鉄道の歴史には、上記のように書かれていました。
蒸気機関車のイメージ(画像/GAHAG)

 
 1928年(昭和3年)に松井天山が発表した鳥瞰図「千葉縣市川町鳥瞰」を見ても、線路の周りには微妙に空白地帯があります。現在のように、線路に密接する形で建物を建てられなかったのではないでしょうか。
 また、煙を出して走る蒸気機関車も描かれています。
「千葉縣市川町鳥瞰」


 1933(昭和8)年3月に国営の総武本線両国駅と市川駅の間が、9月には市川駅と船橋駅の間が電化したそうです。
 本八幡駅が開業した頃には、電車になっていたのです。

房総半島に省線電車が走るようになるのは昭和八年三月で、両国――市川間であった。開通当時、平常時二輛、ラッシュアワー四輛編成だった。同年九月には船橋まで延長された。当時、一日八〇往復の列車運行だったが輸送は追いつかず、過飽和の状態で通勤時にはデッキのぶら下がりや窓からの乗降も普通のありさまで、危険も大きかった。この混雑が電車化で緩和された。

 テレビ番組では、インドの電車の混雑ぶりが報道されていますが、市川市内も命がけで電車に乗る光景が見られたようです。
FNNプライムタイムより


 ちなみに、総武本線での、蒸気機関車からディーゼルへの転換は、1953(昭和28)年以降なのだそうです。

昭和28年 ディーゼルカーのモデル線区に認定、蒸気機関車+客車からデーゼルカーに置き換えが始まる。

 蒸気機関車が昭和20年代にも走っていたとは! ちょっと驚きです。

 本八幡駅が開業した頃は、周辺は「the 田んぼ」という印象です。当時は国道14号(千葉街道)沿いに町が発展していたことが、今昔マップを見るとわかります。青いピンが立っているところが、現在の本八幡駅の場所です。
 興味深いのは、白幡天神社周辺です。ここに古くから住宅街があるとわかります。理由が知りたいところです。
明治36年発行の地図(今昔マップより)

大正8年発行の地図(今昔マップより)

昭和7年発行の地図(今昔マップより)

昭和22年発行の地図(今昔マップより)

並走する京成電気軌道は既に新八幡駅および八幡駅(ともに現・京成八幡駅)が存在していたものの、総武本線には駅が開設されていなかった。新駅開設は旧・八幡町の要望の一つであった[3]。駅名の由来は所在地となる町名からだが、福岡県にある鹿児島本線の八幡駅との同名回避もあり「本八幡」とした[4]。

昭和9年、市川、中山、国分と共に市川市を構成、市域の中央部にあるところから市役所が置かれ、交通の便から総武線に本八幡駅が設置されました。また八幡宮境内には公民館、市民会館、図書館などの文化施設が集められました。


 1934(昭和9)年に市川市が誕生し、当時の八幡町に市役所ができて、市役所に行くために駅ができたという流れのようですね。

 本八幡駅が開業する前の市川市は、陸軍施設の関係で、現在の京成電鉄国府台駅周辺が異様なほどに発展していたことが、「千葉縣市川町鳥瞰」だけでなく、今昔マップからも見て取れます。
明治36年発行の地図(今昔マップより)




 ある意味、本八幡駅周辺は「出遅れていた」感もあるわけですが、現在は市川市随一の繁華街が形成されています。

 そんなJR本八幡駅周辺は、再開発が進んでいます。

2024年度に市街地再開発組合を設立。25年度に権利変換計画の認可を得て、26年度に既存施設を解体、27年度の着工、30年度の竣工を目指す。

 現在のような風景が見られるのは、2026年の3月頃までということになるのでしょうか。
JR本八幡北口の、現在の駅前風景
 
□参考資料
街づくりのあゆみ

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