「市川駅南口地区市街地再開発事業」 あれから16年(2024年7月4日初出、2025年6月30日再構成)
2020年9月7日にweb『クラナリ』で始まった「市川駅南口アーケード街を巡る時間旅行」シリーズ。
市川駅南口地区市街地再開発事業(以下、南口再開発)で消えた市川駅南口アーケード街について、本やネット、口コミなどで情報を集めて、年表にまとめました。
市川駅南口アーケード街を巡る時間旅行 |
そして2023年4月9日には「妙典駅を巡る時間旅行」シリーズが始まり、最新の年表は以下の記事にあります。
○妙典エリア>妙典駅を巡る時間旅行
年表作りが趣味なわけでも、昔の風景を懐かしんでいるわけでも、開発の是非を問うわけでもありません。
「時代とともに、町・暮らし・生業はどのように変わっていったのか」を追って、「これから町・暮らし・生業はどのように変わるのか」を見つめていきたいと考えています。
2004年頃まで存在した市川駅南口アーケード街は、市川駅北口のヤミ市の影響で生まれたと推測し、ヤミ市から発展した商店街についてまとめたのが、第2回。
また、ハイタウン塩浜など「団地商店街」と比較したのが、第4回です。
○市川駅南口アーケード街を巡る時間旅行 その2 雑多な雰囲気と“におい”にひきつけられるという習性
○市川駅南口アーケード街を巡る時間旅行 その4 自然発生の「露店発展型商店街」と開発型「団地商店街」
日本各地に現存するアーケード商店街の歴史については、第3回でまとめました。
私たちは「昔はよかった」と口にしがちですが、果たして「市川駅前再開発で人がいなくなった」のかどうかを、第5~8、10、16回で検討しています。
地元の人からは「市川駅南口アーケード街があった頃のほうが活気があったと聞いていたものの、『日本の特別地域 特別編集28 これでいいのか 千葉県 葛南』(マイクロマガジン社、2011年発行)には、次のように書かれていました。
市川駅南口には鉄筋不足で話題となった高層タワーマンションが2008年と2009年に完成したが、それまでは駅前とは思えないほどの寂れ方で、小さなアーケードや飲食店、パチンコ屋があるだけだった。
このギャップが非常に興味深く、さまざまな捉え方があることがわかりますよね。
2008(平成20)年7月にI-linkタウンいちかわ ザ・タワーズ イーストが、そして2009(平成21)年1月 I-linkタウンいちかわ ザ タワーズ ウエスト プレミアレジデンスが竣工。
その頃、2008年9月15日にリーマン・ブラザーズ・ホールディングスが破綻したリーマン・ショックで、世界的な株価下落と金融不安が起こりました。
2008年は、日本の人口がピークを迎えた年でもあります。2011年以降は、人口が減少し続けています。
我が国の総人口は2005年に戦後初めて前年を下回った後、2008年にピークとなり、2011年以降、12年連続で減少している。
そして、2022(令和4)年の日本の人口ピラミッドを見ると、団塊世代が圧倒的に多いことがわかります。
もう一つの山は、ロスジェネ世代。「団塊ジュニア」とも呼ばれています。団塊世代の子どもたちということで、人口が多く、厳しい受験戦争を経験しています。ただ、大学卒業前後でバブルがはじけ、経済が長い後退局面に入ります。その10年間に就職活動を行い、働く前に企業の倒産やリストラを目の当たりにしています。結果として、子どもを生み育てる余裕がなかったのではなかと考えられます。
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人口に占める割合が大きい団塊世代とロスジェネ世代(総務省統計局サイトより、一部改変) |
日本全体で人口は減っているものの、首都の東京都、その隣の市川市では、人口に大きな変化は見られないようです。
ただ、外国人人口が増えているというデータがありました。日本全体の市町村の中でも多いと報告されています。
日本全国の外国人人口が多いランキング表では、統計が取れる1739つの市区町村の中で、市川市は29位と、日本全国(市区町村)の中でも外国人人口が比較的多い市区町村ということが分かります。
南口再開発から、今年で約16年。ペデストリアンデッキでは、天窓から雨漏りすることがあります。そして、車が乗り上げているのでしょうか、一部の階段が破損していることも。
また、I-linkタウンいちかわの近くには、1977(昭和52)年に竣工した市川サンハイツがあります。13階建てで、築47年。
世相も、人口も、構成比も変わっていく中で、町・暮らし・生業が今と同じ状態で続くわけではありません。
37階建てと45階建てのI-linkタウンいちかわを眺めながら、近隣の住む一市民として、変化を記録していければと思っています。
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